ラーメン見聞録

らーめん専門コンサルタントの「どうもすいませんの話」その3

 日本でも有名なコンサルタント会社に、タナベ経営という会社があります。そこの、創業代表の田辺昇一先生の言葉です。

「商いとは一言で言うと、同業他社と戦って勝つ」

と言われました。勝つとは、いわゆるお客様に沢山足を運んでいただき、お客様に他店より満足していただき、他店より利益をだすという事です。

さあ、そこであなたのお店は同業他社と戦ったときに何で勝ちますか?勝つための鍛錬はしてますか?勝つために強い武器(商品)はありますか?一番大切な事は、勝つために何か作戦は立ててますか?何もしなくて勝てる事は絶対にありません。

あなたのお店は、この一年間で新メニューは何品出しましたか?お店の中のポスターは汚いまま、貼りっぱなしになっていませんか?調味料は工夫されていますか?他店にはない大きな武器になる力強い商品はありますか?  さていかがでしょう。

厳しい事をお訊ねします。逃げ出しますか?戦いますか?逃げ出したら必ず負けますよ。即ちお店は続かないという事です。  そうです、戦わなければならないのです。

戦うと決めた方に、相談があります。あなたは、一人で戦いますか?それとも仲間と協力して戦いますか?そして、自分達にはない武器(商品)や戦略、戦術を持った戦いの助っ人に意見を聞いてみてはどうですか?私はらーめん専門コンサルタントをやっていて、いつも思う事が二つあります。

商いの勝者と敗者との間には、そんなに大きな違いあるわけではありまあせん。ただ、勝者のお店の屋根には常に色々な情報をキャッチするアンテナが立っています。

そして、二つ目は、敗者はもう限界ぎりぎりになって、初めて自分は敗者だという事に気づくのです。  それは正確に言うと、負けているなという事はうすうす分かっているのです。しかし、だからといって何にもしないのです。指をくわえてどんどん同業他社に流れていくお客様を見送っているのです。 もう一度思い出して見て下さい。あなたが希望を胸いっぱいに、お店をオープンした日の事を。あなたは、みすみす負け戦をする為に、二千万も三千万も賭けてお店を出したわけではないでしょう。何度も言いますが、勝者と敗者の間には、わずかな違いしかないのです。

勝つ人の癖は、常に自分にない力を、多くの協力者から借りたり、学んだりして成長してるのです。

あのアメリカの鉄鋼王、カーネギーホールを造った全米一の億万長者アンドリューカーネギーの墓石にはこう刻まれています。 

「自分よりも優れた技術を持った者と、働く技を身に付けた者、ここに眠る」と要するに、あの全米一の億万長者にして「自分よりも優れた人の力を借りて成功を掴んだ」と言っているのです。

たった一歩前へ踏み出す勇気が必要です。あなたの心が、あなたの気持ちが変わった分だけお店も変わります。そしてそれは、必ず進歩へと繋がります。若輩ながら失礼致しました。  らーめん専門コンサルタント

らーめん専門コンサルタントの「どうもすいませんの話」その2

今回も本当にどうもすいません。まったく私個人の意見です。

料理は日々進歩しています。様々な料理がありますが、今回は麺類だけにスポットをあてて考えてみたいと思います。

うどん、蕎麦、パスタ、そしてらーめん、その他にもたくさんありますが、麺類はそれぞれの麺やスタイルに合わせて今の形になったんだと思います。しかしらーめん業界はその中でも次々と新しい食べ方が出てきます。長い歴史の中で長い間、らーめんは、麺とスープと具という定番でしたが、つけ麺という大ヒット商品が登場しました。私が活動のベースとする名古屋では、5年程前に、当時私が経営していたお店で、つけ麺というメニューを出したところ、まったく売れなかった事がありました。夏の暑い日の事、つけ麺をオーダーしたお客様から「つけ汁が熱い!何だこれは!」とお叱りを受けた事がありました。又ある時は「麺が太すぎる、うどんか!」と叱られた事も。しかし中には一人また一人とファンの方も増えてきて、そこでネーミングを「東京つけ麺」にしたのです。するとなぜかクレームはピタリとなくなりました。それと同時にオーダーも断然増えたのです。らーめん店も自分の店の特徴を生かしたメニューを作る中、最近ではまぜそばを出すお店が増えてきました。私はあのまぜそばは、とても難しい商品だと思います。まず麺は確実にまぜそば専用でないと美味くないし、麺自体に少し味か風味がないと、まぜ合わせるタレだけで食べても何かアンバランスな感じが残ります。私が食べた中で、ここのは美味いと思ったのは3、4件でした。(私の経験不足ですが)それ以外はちょっとこれはと思う所や、よくこれで出すなと思うような所もありました。やっぱり、まぜそばと言えばパスタが一番美味いのです。私が思うには、新しくメニュー開発する場合、他の麺類と比べて「らーめん屋らしさがあるのか」という所にこだわったほうがいいと思うのです。まぜそばはやめろという事ではありません。しかし本当にその他の麺類と比べても特別な食べ物としてお客様の御ひいきがいただけるのかを考える事も大切だと思います。無理して出すくらいなら出さないほうがましです。

これは、絶対の事が一つ「お店の中でお客様にお出しするものすべては、美味しくなければならない」ある有名な料理人の言葉ですが、たとえ無料のお水でも、調味料の、塩、コショーでも、何でもいいわけではないのです。しっかり吟味したものだけを出さないと、ささいな「まずい」「臭い」「気持ち悪い」が、お客様に2度と来たくないお店と頭の中にインプットされるのです。

あせらず、じっくり、日々努力!!

どうも申し訳ございません。 らーめん専門コンサルタント。

らーめん専門コンサルタントの「どうもすいませんの話」その1

 今回からのお話は、まったく私個人が、らーめん専門コンサルタントをやっている上で思っていることを、あくまで個人の意見として書かせていただきたいと思ってます。ご批判は承知の上で、あらかじめタイトルは「どうもすいません」と謝りながら入ります。

第1回めは、ラーメン店の出店と営業について考えている事です。今の日本において外食産業の中で最も年間に出店の多い飲食店は、らーめん屋だと思います。又その反面日本一潰れる飲食店が多いのも、ラーメン屋なのです。出店しやすい代わりに潰れる確率も高いといえるのです。その理由として言える事がいくつかあります。

まずその一つとして、らーめんについての技術の未熟さがあげられると思います。らーめんのスープを作るという作業は、とても難しい大切な仕事だという事を理解していただければと思うのです。私が25年位前に、台湾台北の天厨菜館で修行をしていた頃の話ですが、料理に使うスープは、材料の質、かける手間など、上質な物から四種類に分かれていました。下から三、四番目のスープは副料理長が作ります。決し4~5年位しか修行してないコックが近寄れるものではありません。そして、2番目のスープは総料理長が作ります。そしてそのスープを1日に何回も社長やオーナーが見に来るのです。

そして、一番びっくりするのが、NO1のスープは、総料理長が自宅で仕込んで寸胴鍋で持って来るのです。スープを何で作っているのかが、同じ調理場の人には解らないのです。それだけNO1のスープにはこだわりがあり、料理の中で最も大切にされているものなのです。

例をあげると、四番目のスープはサンラータンや、北京ダックの皮を食べた後の鴨の骨のスープなどに使います。三番目は、フカヒレやナマコを戻したり、魚を蒸茹でにしたりするのに使います。二番目のスープは様々な料理の味の決め手になります。そして、一番のスープは特上湯と言いフカヒレの姿煮やツバメの巣のスープなどに使うのです。

私は当時まだ若い下働きでしたけど、日本人ということで、台湾人の仲間や上司が大切にしてくれていたので、どんなもの物が入っていたかは良く知っていました。それは今日本のらーめん店で作られている物と殆ど変らない物です。(NO1を除いては)

しかし三番、四番のスープといえども、すべてきちっとした決まりがあり、毎日決して変わった事はありません。台湾では、鶏肉は鶏屋が、その他の肉は肉屋が毎日持って来るのですが丸鶏を開いた物を手に副料理長が、鶏肉の配達の人に物凄い勢いで怒っているのを何度も見ました。そして、その鶏を使わず30分ほどすると別の丸鶏を持って来るのです。そしてそれを開いて、匂いを嗅ぎ少し触って、スープを作り出すのです。

そしてそのスープ場に並んだいくつもの寸胴鍋を1日何回もチエックして、火加減を調節したり、このタイミングで有る者を取り出して、このタイミングであるものを入れてをそれぞれのスーフに対して繰り返し行うのです。この手間のかかったスープこそが、天厨菜館の味の源となっているのです。

たかがらーめん屋、されどらーめん屋、素晴らしい職人技を見せてもらいたいと思います。スープが本物の店にはパワーが感じられます。

生意気言って本当にすいません。 らーめん専門コンサルタント。

らーめん専門コンサルタント(商いの心)5

 前回、私の祖父の話をしたが、又今回も祖父のエピソード話をしようと思う。

私が小学5年生位の時の事、祖父は趣味の多い人で、様々な趣味をもっていた。一つ言える事は、何をするにも一級品のものしか持たないのである。ゴルフクラブはアメリカの有名メーカー、書道の筆は日本の有名な人の作など、何でも凝る人だった。

 ある日その祖父と釣りに出かけた。川沿いにある池で釣るのだが、鮒や鯉、たまには鰻なども釣れるのである。私と祖父は並んで釣り糸を垂らしたが全く釣れなかった。そこに、近くに住む小学校低学年の子供たちが4~5人でやって来た。竹を切っただけの釣竿か枝かわからない様な物に、釣り糸を付けただけの簡単な物にもかかわらず、釣りだすと、すぐに何匹もの魚を釣り上げた。

私の祖父は、一本何万円もするような竿で餌も淡水魚を釣るには最高とされる物を使っているのに、子供達は釣れるのに、私と祖父は釣れない。しばらくすると祖父が立ち上がりその子供達に近付きこう言った。「これこれ、そこの大先生、わしは全く釣れないが先生はよく釣れますなー。わしを弟子にしてくれんかのー」  すると子供たちが「おじさん餌は何を使ってるの」と訊ねてきたので、最高級の餌を見せると、「こんなもんでは釣れなよ」と言い、近くの大きな石をどかし、その下にいる虫を捕まえ祖父の釣り針にとりつけると、浮きと餌の長さも合わせてくれた。 すると面白い様に祖父の竿にあたりがきて、子供達と一緒になって楽しんでいた。

祖父は、しゃれのきく人ではあったが、当時各務原市長を務めており、回りの大人は気安く近づく人ではなかった。ひとしきり釣りをして楽しむと子供達も帰ると言い出した。すると祖父は、子供達に一人づつ100円玉をだして「先生有難うございました。これは教えていただいたお礼です」と言って手渡した。当時はまだ100円札もあった時代である。子供達はびっくりしたが、にっこり微笑み「おじさん又こいよ、何時でも教えてやるよ」と言って帰って行った。私はあの厳格な祖父からは想像もつかなかったが、帰りの車に戻る時、歩きながらこう話してくれた。「本当に利口な人は、解らない事を解らないままにしておかないで、きちっと解る人にたずねる事の出来る人だ」

私は、その時の事を良く覚えている。らーめん専門コンサルタントという仕事についたのも、そんな思いが強かったのかもしれない。たくさんの人にもっと元気で、笑顔になってもらえるらーめん店になって欲しいのである。さりとて最後になるが、らーめんコンサルタントと言いながら、まだまだ毎日新しい事との出会いばかりである。たくさんの人から学ばせていただきたいと思っている。

らーめん専門コンサルタント「商いの心」その4

 私の生まれ育った町の近くに、国宝の犬山城(愛知県犬山市)がある。

私がまだ幼い頃、5歳位だっただろうか、私の祖父と祖母と3人で犬山城へ行った事があった。国宝犬山城は戦災にあっておらず石垣も、建物も当時のままで素晴らしい所である。又私の祖父も各務原市の実質の初代市長を務めた人格者でまさに侍であったように思う。その祖父がお城の石垣を見ながら私にこう話した。「この石垣を見ろ、大きな石ばかりが重なって見えるだろう。しかしよく見ろ、その大きな石と石の間すき間を埋めるように小さな石がいっぱいはさまっている。この小さな石がなければ、この大きな石は崩れてしまうのだ。おまえも大人になったらよく覚えておけ、人間は大きな石ばかりではくずれてしまう。この小さな石こそが有難いという事を忘れるな」とても印象に残った話だったので今でもよく覚えている。

この話から、2つの事を言いたい。1つは大きなチェーン店さんでは出来ないサービス、いつでもすぐに対応出来るサービスが個人店にはきっとあるはず。「すき間NO1サービス」で愛される店になって欲しいと思う。2つ目は、らーめんにバツグンに美味い、なのに置いてある雑誌は油でベトベト、トイレに入ると、手洗いの横のタオルが真っ黒などなど、もっとすき間を大切にしないとせっかくの美味いらーめん(でっかい石)が音をたててくずれますよ。もう一度すき間を大切に見直してみて下さい。

らーめん専門コンサルタント「商いの心」その3

 私はらーめんコンサルタントの仕事以外にも 「成功する人の心の習慣」を題材に講演をしており、その話の始めを一言で言うと、好かれる人と、嫌われる人との違いの第一は、他人に親切か、自分勝手かでほぼ決まる。同じ様に、流行る店と流行らない店の違いは、お客様中心か、自分の都合で営業しているかで決まる。これは、絶対的な事であり哲学である。

みたいな話をさせていただく。このホームページの中にも、とある所の講演で使ったレジュメが掲載されているのでお時間があればお目通しいただけたら幸いでございます。

そんな中、ある町へ招かれ講演をさせていただいた後の懇親会で、50歳位の男性が名刺交換と挨拶にみえた。男性の名刺には花屋の名前が書いてあったが、とてもその男性は花屋とは縁遠く思えた。しかしその男性が自分の人生を私に話してくれた内容には大変感銘を受けた。

その男性の人生はこうである。

大学を出て、普通の商社へと就職した。バブルの頃はたいそう羽振りも良く、家族も出来、マイホームも持った。しかし、バブルが弾けると、途端に売上は下がりだし、会社の中から一人又一人と退職していった。そんなある日、自分の上司である部長から飲みに誘われた。その時すぐにいよいよ自分の番が来たと解った。会社を去る日が来て、とぼとぼと通い慣れた道を帰りながら、大きな川から飛び込んで死にたいとまで思った。しかし家には愛する妻と、小学生と幼稚園の二人の娘がいる。その事がよけいに辛く思えたそうだ。家に着くと、いつものように明かりがつき、中からはテレビの音と子供達のはしゃぐ声が聞こえた。暫く玄関の前で立っていたがしかたなく家へ入ると元気な子供達が迎えてくれて、手を引かれるままにダイニングに入ってみてびっくりした。テーブルいっぱいに花が飾られていた。そして壁には「お父さんご苦労様」と子供達が書いた紙が貼られていた。そして長女がこう話した、「今日はお父さんが長い間働いてくれて最後の日だから、ご苦労さん会をしようということになって、、妹とお母さんと3人で花屋さんで花をいっぱい買った」と。男性はその花を見た時、今まで花には何の興味もなかったけど、なぜかしら涙が溢れ出し、娘達に無意識にこう話した。「今日は父さんの為にパーティーを有難う。そして綺麗な花を有難う。お父さん明日からお花屋さんになろうかな」と。すると二人の娘は大好きなハンバーグや、ソーセージをほっぽりだして「やったー、やったー、お花屋さんだー」とリビングのソファーの上で飛び跳ねて喜んだそうだ。

その次の日から、ありとあらゆる友人、知人を訪ねて、結局一軒の花やを紹介してもらい、そこで修行し、今花屋をやっているのだそうだ。あなたの話を聞いてあの頃を思い出したと言ってくれた。その花屋さんは、お客様から花束の注文がくると必ず、渡す相手が男性か、女性か、おいくつ位の人か、何の為の花なのかを尋ねる。そして誕生日のお祝いの花なら、どうかこの一年が花束を受け取る人にとって素晴らし一年でありますように。と心から祈りながら花束を作るそうだ。そして、必ず最後に今日店の中で一番綺麗だと思う花を一輪出して祈りを込めて花束の中に入れて完成させるそうだ。1つの花束になぜそこまで魂を込めるのかと尋ねると、まるで別人のような顔になり、はっきりとこう話した。私の作った花を受け取る人が、あの日の私の様な気持ちになってもらえるようにたとえ一つとして魂こめずに作る事なんてできないと。仲間に尋ねるとその花屋は大変繁盛店だそうだ。

たった一人のお客様、しかし、それはかけがえのない一生一代のお客様なのかもしれない。そんな思いで作る物に偽物があるはずがない。

らーめん専門コンサルタント(商いの心)その2

らーめん店に限らず、人間は何かを始める時に始める前から「ダメに決まってる」と、考えて始める人はおそらくいないであろう。

ところが考えてみて欲しい、殆どの人が「うまくいくに違いない」と考えて安直にスタートしている場合を数多く見てきた。

はっきり言う。今の時代、何とかなるさで何とかなるほどあまくない。要するにどれだけ心の底から成功したいと熱く志を燃やすかにかかっている。

繁盛店に行くと良くわかる。そのすべてにおいて魂がこもっている。恐ろしいほど気合いが入っている。

これすべて志の使い方である。

らーめん専門コンサルタント(商いの心)その1

人間はよく 「オーラ」があるというという話をする。芸人、タレント、役者、歌手、政治家などよく使う言葉である。

先日の事、ある大繁盛店のらーめん店を目指し車を走らせていた。

ナビももうそろそろの頃、道路でゴミを拾う一人の青年がいた。決してお世辞にも綺麗とはいえないジャンパー姿の青年である。信号待ちで、その青年を見ていると、道を通る全ての人に素晴らしい笑顔で「こんにちは」と挨拶をする。しかし、そのほとんどの人が、挨拶を返さない。それでも青年はゴミを拾いながら挨拶を繰り返す。私にはその青年にもの凄いオーラを感じた。その青年の笑顔を見ているだけで幸せにおもえてくるのである。

しばらくして、お目当ての人気繁盛店へと着いた。さずがに人気店だけあってオープン15分前なのにすでにお並びが出来ていた。ほどなくして、可愛い女の子が店の中からお客様の人数を聞き始めた。そしてオープンとなり順番に中へと入った、そこで見たものは、厨房の中にいる素晴らしい輝く笑顔で「いらっしゃいませ、お待たせしました」と声をだす、先程の青年である。

らーめんがバツグンに美味かったのは当然だが、厨房の中でらーめんを作る青年は、もう一つ輝いて見えた。会計の時に聞いたら、その青年こそがその繁盛店の若きオーナーだそうだ。

この店が流行らないはずはないと確信した。

らーめん専門コンサルタントの「志有る者にらーめん道あり」その4

 10月号の日経トレンディ―という小冊子に、京セラ、KDDIの創業者であり、現在日本航空の名誉会長の稲森和夫さんのお話しが載っていました。その中で、稲森さんは「私がらーめん屋をやっても必ず成功させる自信があります」と題して、コラムを載せられていました。かなり具体的な方法までお書きになっていましたが、正直そのやり方をしなくても?少し無理があろかな?と感じる内容ではありました。

 しかし、私は思うのです。稲森さんは必ずらーめん屋をやっても成功させるに違いありません。しかも100%の確率で成功させるでしょう。なぜならコラムの中で書かれてる内容で、らーめん屋をオープンさせようとする時、必ず今までのさまざまな成功哲学が稲森さんにはあり、もし間違った方向へ進んでいると感じたなら、直ちに軌道修正し、そして、自分の手におえない事があれば、その道のエキスパートの力を借りる方法を知っているからです。これが、本当の「志」だと私は思います。

「志」というと、何が何でも決めた道を突き進むイメージがあるかもしれませんが、私はそれは違うと思います。本当の「志」というものは、一度繁盛店を作ると決めたら、ありとあらゆる事に挑戦しながら、試行錯誤して、又ある時は回りの人の力を借りて最終的に目的を絶対達成させるその強い思いこそが、本当の志といえるでしょう。

稲森和夫さんのコラムの中では、らーめ専門コンサルタントから見れば、らーめん繁盛店作りの方法に?があったとしても、その何十倍、何百倍もの大きな「志」で偉業を成し遂げてきた方です。私がここで申し上げたいのは、決して「一度決めたら貫き通す」「俺のやり方はこの道一本」など決めつけない方がいいという事です。

 プロ野球選手だって、一年間に何回もフォームを変えたり、スパイク、グラブといった用具を変更したり、より良いパフォーマンスをする為に、常に変化させているのです。プロゴルファーにいたっては、毎年少しずつですが、クラブに変化があり、ボールにいたっては、ほぼ100%の確率で、何年も同じボールを使う選手はいません。常に新しい物を求め、最高のパフォーマンスが出来るよう、方法や、方向を探っているのです。そして、最高の結果を出す為に求めるその行動こそが、本当「志有る者」なのです。志があるからこそ、常に前向きに、常に方向を変えながら進んで行くのです。船だって、飛行機だって、目的地に真っ直ぐ進むとは限ません。一番大切な事は無事に目的地に到着するという事です。

 何が何でもお客様にすべてにおいて大満足していただくらーめん店作りを「志」なら方法は一つだけではない事、自分はひとりじゃない事をどうぞ覚えておいて下さい。

ラーメン専門コンサルタントの「志有る者にらーめん道あり」その3

私がクライアント様からお仕事の依頼をいただく時、多くの場合が今の仕事をスキルアップさせて、しかも生産性を良くし、アルバイトでも出来るような仕事のシステム作りをお手伝いさせていただきます。ただ今回申し上げたいのは、決して小さな事でも手をぬく事なく、全力で取り組む志の習慣についてふれさせていただきたいのです。

これは実話で、とても役にたつ話です。今から450年ほど前、日本は戦国の世でした。豊臣秀吉が、大阪に城をかまえておった頃。今の滋賀県辺りで秀吉が、馬で狩りをしていた時の事。初夏の暑い日で、ひどく喉が渇いた秀吉は、自分の領地にある山寺で休息をとることにした。突然の殿様の訪問で、あいにく住職は留守であったが、一人の小坊主が対応に出た。年の頃は10才位ではあったが、その突然訪れた武将が自分の領地の殿様である事くらいは理解出来た。住職の留守に残念には思ったが、何せひどく喉が渇いていた秀吉は、その小坊主にお茶を持って来るよう申しつけた。

すると、その小坊主がすぐに奥より、大きめの茶わんに入った冷えた番茶をもち、秀吉に差し出した。「はて?」と、戸惑ったが、秀吉はそのお茶を一気に飲み干した。疲れた体と渇いた喉には、格別に美味く感じた。そして小坊主にもう一杯のお茶をおかわりした。すると次には、少し大きめの湯のみ茶わんに入ったぬるい煎茶を秀吉に差し出した。一杯目で喉の渇きはおさまっていたが、まだ水分を欲する秀吉の体には、心地よい味であった。ここで、秀吉は思う。この坊主この年で、こんな気配りが出来るのかと・・そこで、もう一度三杯目のお茶を申しつけると、小ぶりの湯飲みに入った最も高級なお茶を差し出した。夏の暑さにもかかわらず、その絶妙なお茶の入れ具合と、飲んだ後に感じるすがすがしさに、秀吉はえらく喜んだ。そして、次にその小坊主に、筆と紙を持ってこさせ、こう綴った「御寺の小坊主を我が家臣として召し抱える」そして、自分の馬にその小坊主を乗せ、城まで連れ帰り、武士としての作法を教え、秀吉の側近の一人として、育てた。

この坊主こそが後に、1600年天下分け目の決戦で、関ヶ原にて徳川家康と戦った、石田三成である。

私達らーめん専門コンサルタントが、いかにオペレーションやマニュアルをクライアント様にお伝えしても、やはり大切な事は、たとえばお客様にお出しするお水は、よく冷えているか、テーブルは清潔か、入口は綺麗に整頓されているかなど、小さな事がおろそかだと台無しです。たった一杯のお茶を入れるのにも、やはり志の習慣の違いで、大きな感動へと、変化させる事が出来ます。